体を探して
朝日がカーテン越しの窓にうっすら当たりはじめ、町が起き始めるころ、布団から這い出た私が一番にすること。それはセルフアビヤンガだ。
私が習っているヨガレッスンは、事前に個人セッションというのを行ってから始める。医療連携をしているので、ヨガを始めるにあたって、病歴を知ってもらったり、それぞれの人の体調に合わせたセルフケアを教えてもらうためだ。
10年以上体中が痛いこと、倦怠感、頭痛、ブレインフォグ、胃腸が弱い、生理中の不調、私の体は病気のデパートのようでどこから手をつけていいかもわからなかった。
「去年の前半とても調子が良かったから、あと一歩で治ると思ってきつめのヨガをしてたんです。そしたら、急にまた体中がいたくなっちゃって。もう上半身なんて全然動かないんです」
痛みで座ることもできず、zoomの画面越しに横になりながら話す私の話を、先生は、うんうん、と一生懸命聞いてくれた。
お医者さんに言えば、痛み止めはたんまりくれる。
リボトリール、サインバルタ、セレコックス、トラマール、ノルスパンテープ、ガバベン、エトセトラ。
「痛いと不安も強いですからね~」抗不安薬、抗うつ剤もたんまりくれる。
飲めば確かに痛みはよくなるのだけど、今度は副作用で意識がもうろうとして寝込んで、本も読めない、日常の家事もできない、どこにも出かけれない。ただ布団の上に横になって、天井を見上げながら朦朧としながら芸人さんのラジオを聞いていた。
ここまで来ると痛みでしんどいのか副作用でしんどいのかわからない。その上、家族からDVを受けたせいで3年前に命を断とうとしてから、「死に損なってしまった」という感覚が強かった。言うことが全く聞かない体で這いながら、惰性でズルズル生きながらえているんだと思いながら、また薬の副作用で意識が遠くなる。
そんな私に先生は言った。「セサミオイルを毎日湯煎して塗ってください。アーユルヴェーダではアビヤンガと言ってオイルを塗る施術があるんです。セサミオイルは血行も良くなるし、毎日したらきっと変わります。」
「やってみます」
そういいつつも、はっきり言って最初は半信半疑だった。なんせ私は、あらゆるセルフケアを試してもうまくいったためしがないのだ。しかし、実は先生も2017年ごろ線維筋痛症で、ヨガとアーユルヴェーダでよくなったという話を聞いた。はっきり言って、もう他に手段がなかった。このまま痛みで惰性的に生きていくかオイルを塗るか、と言われたらオイルを塗るしかないだろう。
後日ポストに届いたセサミオイルをコップで湯煎して早速手のひらに出して塗ってみた。
湯煎した暖かいオイルを塗ると、皮膚がふんわり溶けていくように心地よく、いつも冷えている体がポカポカしてきた。背中は手が届かないので、百均で買ってきたアルミの板を床にひいてその上にオイルを数滴たらし、仰向けに横になって背中をごしごしこするように擦り付けた。どこに塗っても本当に暖かくてとろけるように気持ちいい。全身に塗り終わってさらにびっくりした。明らかに筋肉が柔らかくなって緩んでいるかんじがするのだ。それに暖かいオイルでシールドを張ってもらって守ってもらっているような安心感がある。
やや、これはすごい!と思いながら半身浴をした。毛穴から塗ったオイルを更に染み込ませるためだ。しばらくしたらじんわり汗をかいた。必要なオイルはすでに吸収されているそうだから、そのまま石鹸で軽く洗い流す。
浴槽から出ようと、足を挙げた時、「ややや、なんだか体が軽いやん!」
そう思いながら、首を回したり歩いてみたり。明らかに動きがスムーズになってる。試しにコップでうがいをしてみるといつもよりズーンとのけぞれた。さっきまで上半身が痛くて体にロックがかかっているくらい痛かったのにうがいが出来るようになるとは!!それにただお風呂に入ったときよりずっと芯からポカポカする!超冷え性の私はお風呂でしっかり湯舟に使っても、上がると足からすぐにヒンヤリしてくるのに、オイルを事前に塗るだけで暖かさが長持ちする!!!
それから朝晩オイルを塗る生活が始まった。朝起きて何となく不安だな、と感じる時もオイルを塗って半身浴するだけで霧が晴れたように不安が軽減した。イライラしちゃうときも気持ちがおちつくし、便が出ない朝もアビヤンガしたら催す。だるい時、頭痛い時・・・もちろん症状が0になるということではないのだけど基本的にありとあらゆる不調に効く。
今まではあらゆる不調をすべてお医者さんに相談していた。しかし、自分でできることでこんなに改善できるんだと自信がついた。鍼灸や整体で良くなったこともあるのだけど、自分で自分のメンテナンスができるということは自信の付き方が全然違う。あと、薬みたいに副作用の戦いにならないのがいい。薬を長く飲んでるせいで胃腸の調子が悪くなって今度は胃腸の薬を飲んで、と負のスパイラルに嵌っていたのだけど、アビヤンガのお陰で薬が減らせて胃腸も元気になった。
体をよくしたいという一心で毎日毎日オイルを塗っていて1か月くらいしたころだっただろうか、急にあることにひらめいた。
「体というのは一番理解できていない他者なのだ」
そうか、そうだったのか、そう思ってから、今まで体を無視して生きてきたこと、3年前に自分の体を殺そうとしたことを思い出し、体に対して申し訳ない気持ちが湧いてきた。これからは、一番近いけど理解してあげられなかった他者である自分自身に優しくしてあげよう、とにかく体優先で。出かけたいところ、やりたいことはたくさんあるのだけど、体がしんどがっていたら休ませてあげよう。冷える格好をしないでおこう。人にされて嫌なことはNoと言えるようになろう。人の顔色伺って自分の意見を変えてしまうのもやめよう。
きっと毎日体に触れることで「これが私の体なのだ」と実感を得られたのがひらめきになったのではないか。私の体中に巣くうこの痛みというのも「これは私の体である」と感じるために、必要があって痛めているのかもしれない。結局私は長い間「体探しの旅」に出ていたのだ。痛み以外の方法で、私の体を実感するということが痛みを手放せることにつながるのでないか。